福聚禅寺について

歴史・縁起 臨済宗妙心寺派。本尊十一面観世音菩薩。
開山は龍英和尚。室町時代後期、天文元年(1532年)の開創。当初は福自庵と称した。
また近くの権現社の南に円場山王子庵があり、天満宮の西に社房の梅松庵があった(現在も梅松庵の殿鐘及び墓碑が現存)。
これら三庵が合して福聚寺と称するようになったと伝えられる。
現在の本堂は延享二年(1745年)、六代喬山和尚の建立。

年 中 行 事

1月 元日 歳旦年始受け一年最初の日の朝、一年の平安を祈るお勤めをする。檀信徒が初詣や年始の挨拶にお参りする。
3日 祈祷大般若
大般若転読による檀信徒各家家内安全祈祷。
4~5日 年頭廻礼(般若札配布)檀信徒からの年頭参賀(御年賀)を受けて、四日五日は、 大般若祈祷札と三が日間お祭りしたお鏡(御供)を檀信徒 各家に配布する。
第2(第3)日曜日 新春 「坐 ZEN 会」
2月 第2土曜日 節分大般若会、 「坐 ZEN 会」
3月 第2土曜日 「坐 ZEN 会」
彼岸頃 春彼岸法話会、 総回向
4月 第3(第4)日曜日 鎮守祭 「稲荷大師大祭」
5月 5~8日 花祭りお釈迦様の降誕会。花御堂に誕生仏をまつり甘茶をそそぐ。五日には、檀信徒の花初め法要が厳修される。
第2土曜日 「坐 ZEN 会」
6月 第2土曜日 「坐 ZEN 会」
7月 第2土曜日 「坐 ZEN 会」
8月 15日 山門施餓鬼
24日に近い土曜日 地蔵盆、 新盆供養盆踊り
9月 仲秋夜(〜10月) 「観月会」、 満月コンサート等
第2土曜日 「坐 ZEN 会」
10月 第2土曜日 「坐 ZEN 会」
11月 第2土曜日 「坐 ZEN 会」
中旬(隔年) 本山団体参拝親睦バス旅行
隔年で行われるご本山妙心寺参りの旅。
12月 第1日曜日 達磨忌 ( 「達磨講」 開催 )
31日(大晦日) 除夜の鐘 (除夜イベント)
正月

正月

稲荷大師大祭

稲荷大師大祭

花まつり

花まつり

地蔵盆

地蔵盆

涅槃会

涅槃会

観月会(1)

観月会(1)

観月会(2)

観月会(2)

達磨忌(達磨講)

達磨忌(達磨講)

除夜の鐘(1)

除夜の鐘(1)

除夜の鐘(2)

除夜の鐘(2)

除夜の鐘(3)

除夜の鐘(3)

除夜の鐘(4)

除夜の鐘(4)

境内のご案内

クリックしていただくと、境内の建物、お堂の案内が表示されます。

本 堂

〈伽藍〉本 堂

当寺の創建は天文元年(1532年)ですが、現存最古の現本堂は、中興開山喬山 和尚により、延享 2年(745年)に建立。その後昭和になって先代隆道和尚の時に、堂内の一部改修及び大屋根の大修理を完工。平成29年には堂内の上間の間を永代供養堂として改築。本尊は十一面観世音菩薩(脇侍:難陀竜王・雨宝童子)。祠堂内には、地蔵菩薩像(王子庵の本尊)と達磨大師像をお祀りしています。

弥勒堂 (みろくどう)

〈お堂〉弥勒堂 (みろくどう)

旧堂は文政年間の建立でしたが、先代隆道和尚の時、昭和50年11月に改築されました。九尺近い石像の傑作で、その大きさからいっても余り例を見ない珍らしいものです。弥勒菩薩は、現在兜率天の浄土におられる菩薩で、56億7千万年後に第二の釈迦の如くこの世に現れて、多くの人々を救済するとされています。

大師堂

〈お堂〉大師堂

播磨四国第十三番弘法大師をお祀りしています。明治31年に鷺城和尚代により建立され、先代隆道和尚の時、昭和50年11月に大師尊像の修復及び内陣を改装しました。毎月第三日曜日の月例祭には、檀信徒の当番でお茶炊きが奉仕され、4月の例年大祭には恒例のぜんざい接待が催され、大いに賑わいます。

西国三十三ヶ所 観音堂

〈お堂〉西国三十三ヶ所 観音堂

旧堂は文政年間に建立され二箇所に分れて建っていましたが、先代隆道和尚の時、昭和50年4月、三十三体の石像を一堂に合祀して改築されました。月例大師祭の日の参詣及び、8月9日の四万六千日星下り日(三十三所観音が星にのって降りてくると伝えられ、当日お参りすれば四万六千日分の功徳利益ありとされるもの)の参詣があり、信者の方々に親しまれています。

鐘楼

〈伽藍〉鐘 楼

旧鐘楼は、明治年間に喜多天満宮より移築されたもので、旧梵鐘は江戸時代前期の延宝八年(1680 年)鋳造のものでありましたが、戦時中に供出されました。昭和43年の復元と同時に鐘楼も一部改修されたものの、その主要部分は旧梵鐘鋳造当時のものと推測され、創建から凡そ300年間、風雪に耐え乍ら、近郷の人々の心にその鐘声を響かせて参りました。しかし乍ら近年その老朽化が著しく、平成25年に新築されました。梵鐘正面銘字は、復元当時の妙心寺管長古川大航猊下の筆跡です。

誕生大師堂

〈お堂〉誕生大師堂

子宝地蔵誕生大師をお祀りする総欅造りの誕生大師堂は、先代隆道和尚の時、現住職の誕生(昭和46年8月9日)を記念して、昭和47年4月に改築されました。弘法大師の御誕生の御姿の石像をお祀りしており、子宝を願って遠近より多数の参詣があります。屋根には「菊の御紋」入りの瓦が上がっており、当寺創建当時に、境内地の北側にあった王子庵にまつわる言い伝え(天皇家の御落胤がお住い であったことにより王子庵と号す)と、この誕生大師との関係を示唆するものと思われます。

妙見堂

〈お堂〉妙見堂

昭和50年4月に改築。北辰妙見菩薩は、優れた視力で危険を察知し、国土を擁護し災害を消除することを誓願とする菩薩として知られています。また眼病の平癒にも霊験ありとされています。

淡島堂

〈お堂〉淡島堂

昭和50年4月に改築。淡島大明神は、婦人病に霊験ありと祀られる神です。俗に淡島明神は住吉明神の妃で、帯下の病によって淡島に流されたため、そこで女人の病をはらい給う誓いを立てたと伝えられています。

正一位世寳稲荷神社

〈鎮守〉正一位世寳稲荷神社

当山並びに当喜多地区の鎮守堂。明治32年鷺城和尚代に建立。正一位世寳稲荷大明神をお祀りしています。「世寳(よたから)稲荷」についての詳細は不明。全国的に他に例を見ない稲荷神です。家内安全、五穀豊穣、諸業繁昌を祈願し、4月の例年大祭には、喜多地区全戸で編成する「稲荷神社年番」の当番十軒と地元の有志団体により、子ども相撲、福引き、餅まきなどが催され、近隣の参詣者で大いに賑わいます。

八十八箇所大師道

〈巡礼路〉八十八箇所大師道

文政年間に開創。丸山を一巡して四国八十八箇所巡礼の疑似体験をして頂けます。大師道には四国八十八箇所の各札所のご本尊様と弘法大師の石仏像をお祀りした祠があり、順番にお参りしながら山頂までの遍路登山が出来ます。これを八十八回参れば、本場四国八十八箇所を一巡するのと同じ功徳が得られると言われています。

憩の家 丸山荘

〈その他〉憩の家 丸山荘

昭和50年3月、旧喜多公民館を当地に移築。大師堂のすぐ下に位置し、普段は月例大師祭の当地区隣保当番によるお茶炊き奉仕、参詣者への接待所として活用しています。各種会合、親睦会、食事会、教室などにご利用いただけます。

山門

〈伽藍〉山 門

近隣地域の氏神神社「式内 兵主神社」の現社務所の位置に、明治初期に廃寺になった別当寺の明鏡山神通寺が在ったが、その神通寺の山門を当寺へ移築したものである。当寺参道の石段を進むと最初にこの山門を通っていただきます。

昭和天皇御大典碑

〈その他〉昭和天皇御大典碑

昭和3年に大正天皇の喪が明けて、晴れて昭和天皇が正式に即位されたことを記念して、各地で御大典祈念碑が建てられました。当丸山公園の御大典碑もその一つです。当時はその後ろ側に「六角堂」(「多可八景」第一位の加美区的形の金蔵山には「八角堂」が有り、それを倣って建立しましたが、後に台風で倒壊)が有りました。 風光明媚な当地が「多可八景」の第三位に選定された理由の一つと考えられます。

聖観世音菩薩立像

〈石仏像〉聖観世音菩薩立像

平成22年3月、地元出身の岡井良裕氏(大津市)の寄進により、檀信徒各家諸精 霊菩提を願い建立。観世音菩薩は大慈大悲の眼差しで世間の音声(おんじょう)を観ておられます。そのご加護を願いご参詣の善男善女が手を合わせ祈りを捧げます。

庫裡

〈伽藍〉庫 裡

旧庫裏は享和3年(1803年)、凡そ200年前の第9世大年和尚代に建立されたものでありましたが、平成14年(2002年)、先代隆道和尚の時、現住の「晋山式記念事業」として、全檀信徒の寄進により新築(施工「上月工務店」)されました。

鯖大師

〈石仏像〉鯖大師

修行大師

〈石仏像〉修行大師

厄除大師

〈石仏像〉厄除大師

顎無大師

〈石仏像〉顎無大師

脳天地蔵

〈石仏像〉脳天地蔵

日限地蔵

〈石仏像〉日限地蔵

子安観音

〈石仏像〉子安観音